王芳を綴る


職人の手仕事  [ 餃子 ]

〇 皮を伸す

ねかせた生地を麺台に取り出し、細い棒状にして一つ一つ手で千切り、麺棒で伸す。餃子の皮は、中心は厚めで周りは薄く、楕円形に伸す。餃子は、ひだを寄せながら包む為、重なった外回りの厚さと、中心部の厚さが同じになる様にする。(ちなみに、ジャングイの手にしている麺棒は、46年間使い続けた代物!)

 

職人の手仕事 [餃子]

〇 粉を練る

粉をふるい(篩)にかけ、冬は熱湯、夏は微温めの湯で粉を捏ねる。練り上げた生地は二日間ぐらいねかせる。その間に数回練り返しを行う。その作業により、こしがあり、もちもちとした食感に仕上がる。

王芳 46 周年の創業日

昭和46年4月16日(金)に誕生しました王芳は、平成29年4月16日(日)創業46年を迎える事ができました。

この長い年月を恙無く過ごしてこられましたのは、偏にご贔屓頂きましたお客様、各方面からのご協力、応援して下さる皆様のお蔭と思い、心より感謝申しあげます。

振り返ればこの46年の間には、三度もの店舗を変えたり、多方面こらの沢山の取材を受けたり、料理教室を開いたり、文化通りで実演販売をしたりと、数限りない思い出でいっぱいです。

これからも、遥か昔の初心に立ち返り、また、当店が創業当初から現在の今も続けている、職人の手による“手仕事”に誇りをもち、以前からの客様には懐かしんで頂き、新しいお客様にはその”手仕事“に興味をもって頂こうと、毎日精進していきたいと思います。

 

皆々様のご健勝を願い、今後ともご愛顧を賜りたく宜しくお願い申し上げます。 

      平成29年4月16日         
       
               王芳 ロゴ (1)

 

 

王芳のマッチ(燐寸)

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作製した時期は正確には覚えてはいないが、福島市の電話の市内局番が2ケタという事からすると、25~26年前かと推測します。(金源ビル店が1987年にリニューアルした後で、局番が3ケタの変更が1998年。その間に作ったものだと思う)

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当時は、飲食関係や、金融関係などその他多くの職種で自社の名入れのマッチを作り、宣伝広告用として配られたものです。
現在は、広告媒体が多様化したり、生活様式の大きな変化で、周辺では、ほとんどマッチは見当たらなくなった。

マッチの作り方を見てみると、マッチ全盛の時の作り方は、ボール紙にラベルのデザインを直接印刷し、マッチ箱の形状に作り上げている。その以前の昭和30年代頃までは、経木(マツ材を薄く板状にしたもの)を使用して箱を作り、その表面にデザインしたラベルを貼りつけていたらしい。

王芳のマッチは、ラベルの材質として和紙を使用し、デザイン、印刷したもの。その為、直接箱としては利用できず、昭和前半と同じ製作作業になると言う事になる。
そのような事情で、デザインされたマッチのラベルと白無垢のマッチの箱は、別々に納品された。それを、一つ、一つ手作業で張り付けていくのです。

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ラベルのデザインは、表面は中国の山水画、裏面には中国の諺(ことわざ)が書かれている。

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マッチは近年、日用品としての役割を終えてしまったが、ラベルアートの感覚でとらえられ、愛好家、収集家も多くいるときいています。

 

王芳麺

創業当初の献立表に、今は幻の ”王芳麺” という品書きがありました。

昭和46年の開業にあたっては、沢山の準備があり、中でも献立表を作ることは特に重要な仕事。席数7つの小さな店が多くのお客様に知って頂き、2度、3度と来店していただく為の ”献立表” 。    あれはどうか、これはどうだろうと、毎日毎日額を突き合わせての作戦会議。 と思いついたのは、店主の修行先である秋田の「王芳」 の拉麺!  ジャングイ(親方)の店の拉麺は、澄んだスープ(清湯)に野菜が入り、玉子をまぶす。その上にチャシュー、メンマが盛り付けられていて豪華そうな一品だった。(当時の一般的な拉麺は、醤油仕立てのスープに、麺が入り、チャシューメンマ、ナルト。) ジャングイの許しを得、その拉麺に店名をつける。 価格は、近隣のラーメン店と同じ90円に設定し、献立表のトップに載せた。 ”王芳麺”の誕生です。

今でこそ具沢山の麺は珍しくはないが、当時の福島では、とても斬新に見えたと思う。間をおかずして巷で話題になり、口コミで広まった。
勤め人、学生達はもとより、子供達もが100円玉を握りしめ来店し、美味しそうに王芳麺をすする。食べ終えると、釣り銭の10円玉を手に満足気に帰って行く。なかには、「この値段でいいんですか?申し訳ないですネ」 と言われたりもしました。

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この王芳麺は、新町ビル時代の10年間続き、王芳のこれから先の行く道をつくり、勇退しました。
今でも、当時を知る方々と思い出を語り合い、話に花を咲かせています。

 ” 王芳麺 ” 謝謝!!

 

 

 

急告です

5月23日(月)福島テレビ(FTV)の ”みんなのニュース” のなかで、「王芳の餃子作り教

室」(当店が勝手につけた題目)の放映があります。是非ご覧いただきたいとおもいます。夕方、

5時26分頃になるようです。時間の都合でご覧いただけない方は、録画をしていただき、お時間

のある時にゆっくりご覧いただきたいとおもいます。収録は、5月17日(火)に行いました。福

島テレビの浜中アナウンサーと、当店々主が、視聴者の皆様に解り易いように実演しています。

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王芳 45 周年の創業日

昭和46年4月16日(金)に誕生しました王芳は、本日、平成28年4月16日(土)創業45

周年を迎える事が出来ました。
 

この長い年月を恙無く過ごしてこられましたのは、偏にご贔屓いただきましたお客様、各方面から

の協力、応援をして下さる皆様のお蔭と思い、心より感謝申しあげます。

 

振り返ればこの45年の間には、三度もの店舗を変えたり、多方面からの沢山の取材を受けたり、

料理教室を開いたり、文化通りで実演販売をしたりと数限りない思い出がいっぱいです。

これからも遥か昔の初心にかえり、今私達が出来る”精一杯”を尽くして参りたいと思います。



皆々様の御健勝を願い、今後とも御愛顧を賜りたく、宜しくお願い申し上げます
                    

             平成28年4月16日
                        王芳 ロゴ (1)

ソバ作りは3分だがんない!

今から40数年前、文化道り近くの新町ビルに店舗があった時の事、昨今と違い
携帯電話などはなく、各通りには赤い公衆電話が手軽に利用出来る間隔でたちならんでいた。              
すずらん通りと呼ばれていた現在のパセオ通りの角を曲がり、文化通りを抜け、
当店へ辿りつくのに4~5分ぐらいはかかるかな~?

 リーン  リーン 突然店の電話のベルが鳴る。

あの曲がり角にある公衆電話からオーダーが入った。K、W、氏からだ。
店主は急いでソバ作りにかかる。

間もなく店の玄関から ” チィーン ” と言う声とともに椅子にかける K、W.氏。

” ハイ お待ち ー! ” 間髪を容れず、ソバが目の前に。 出されたソバを美味しそうにすすり、汁を飲み干す。

お互いのタイミングの良さを、彼は今でも得意気に楽しそうに話す。(もしかして彼は、4,5分を小走りに急ぎ足で来たかもしれないな~?)

店主は、「オレは、電子レンジでねぇ~んだがんない!」と言い笑い合う。
「これからも、まだまだ付き合ってもらうがんない!」
「覚悟してない!」

「ソバ作りは3分だがんない!」

イメージ (3) 新町ビル、創業当初の店内。
王芳 店舗イメージ
新町ビル、改装後の外観と、店内。