王芳を綴る


王芳47周年の創業日

昭和46年4月16日(金)に誕生しました王芳は、平成30年4月16日(日)創業47周年を迎える事ができました。

この長い年月を恙無く過ごしてこられましたのは、偏にご贔屓頂きましたお客様、各方面からのご協力、応援して下さる皆様のお蔭と思い、心より感謝申しあげます。

振り返ればこの47年の間には、三度もの店舗を変えたり、多方面からの沢山の取材を受けたり、料理教室を開いたり、文化通りで実演販売をしたりと、数限りない思い出でいっぱいです。
これからも、遥か昔の初心に立ち返り、また、当店が創業当初から現在の今も続けている、職人の手による“手仕事”に誇りをもち、以前からのお客様には懐かしんで頂き、新しいお客様にはその”手仕事“に興味をもって頂こうと、毎日精進していきたいと思います。

皆々様のご健勝を願い、今後ともご愛顧を賜りたく宜しくお願い申し上げます。

                                                    頓首

職人の手仕事 [餃子]

〇 包む

三ケ月型の餃子は、中国の古い貨幣 「馬蹄銀」 に由来すると言われる。餃子のヒダは飾りともなるが、調理過程で、中の餡が肉汁により膨張する。ヒダを作ることにより、肉汁をとじ込め,ジューシーな味わいの餃子が出来る。
丸型の餃子は、お金を入れる巾着(財布)に似せていて、お金が貯まると言われる縁起もの。茹でて調理する時に破れにくい形をしている。
この縁起のよい餃子は、お正月やご祝儀事などに供される。

一つ一つ手作業で餃子を作り続けて50数年。ジャングイの左右の手の親指、人差し指は丁度餃子の形の様に変形している。

 

 

 

 

職人の手仕事  [ 餃子 ]

〇 皮を伸す

ねかせた生地を麺台に取り出し、細い棒状にして一つ一つ手で千切り、麺棒で伸す。餃子の皮は、中心は厚めで周りは薄く、楕円形に伸す。餃子は、ひだを寄せながら包む為、重なった外回りの厚さと、中心部の厚さが同じになる様にする。(ちなみに、ジャングイの手にしている麺棒は、46年間使い続けた代物!)

 

職人の手仕事 [餃子]

〇 粉を練る

粉をふるい(篩)にかけ、冬は熱湯、夏は微温めの湯で粉を捏ねる。練り上げた生地は二日間ぐらいねかせる。その間に数回練り返しを行う。その作業により、こしがあり、もちもちとした食感に仕上がる。

王芳 46 周年の創業日

昭和46年4月16日(金)に誕生しました王芳は、平成29年4月16日(日)創業46年を迎える事ができました。

この長い年月を恙無く過ごしてこられましたのは、偏にご贔屓頂きましたお客様、各方面からのご協力、応援して下さる皆様のお蔭と思い、心より感謝申しあげます。

振り返ればこの46年の間には、三度もの店舗を変えたり、多方面こらの沢山の取材を受けたり、料理教室を開いたり、文化通りで実演販売をしたりと、数限りない思い出でいっぱいです。

これからも、遥か昔の初心に立ち返り、また、当店が創業当初から現在の今も続けている、職人の手による“手仕事”に誇りをもち、以前からの客様には懐かしんで頂き、新しいお客様にはその”手仕事“に興味をもって頂こうと、毎日精進していきたいと思います。

 

皆々様のご健勝を願い、今後ともご愛顧を賜りたく宜しくお願い申し上げます。 

      平成29年4月16日         
       
               王芳 ロゴ (1)

 

 

ゴホンときたら葱6本  お正月はかまどから

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

ゴホンときたら葱6本        お正月はかまどから
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36、葱の旬は11月~翌年2月の寒い時期の頃。関東辺りでは白葱。関西では青葱(葉葱)が好まれる。白葱は寒さに強く、青葱は暑さに強いと言われる。葱は、代謝を高め、滋養強壮、殺菌作用や体温を上げる作用があり、風邪予防に効果抜群。だが、昔から風邪をひいたら葱を首に巻くと良いと言う事は”まゆつばもの”食してこその効果です。

37、かまどの神様は、囲炉裏や台所など、火を使う場所に祀られている神。台所と、家の守り神を兼ねた中国起源の神様! 旧暦12月23日に天に昇り、その家で一年間にあった良い事、悪い事を全て天の神である玉皇上帝(中国の最高神)に報告し、大晦日に戻ると伝えられている。

 

昭和59年11月17日、昭和59年12月15日付    福島民報夕刊掲載
制作 : 進和クリエイティブセンター               味童子(渡辺 孝行)

中国人は乾杯上戸  朝の外食オハヨウ麵

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

中国人は乾杯上戸          朝の外食オハヨウ麵
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34、中国式の乾杯は、グラスの中の酒を残さず飲み干すこと。つまり日本でいう ”一気飲み”。 相手が酒を飲み乾していて、自分が飲み乾さず残すのは、相手の面子を潰す大変失礼な行為にあたると言う。中国では酒に強い人は、”海量”と言って尊敬の対象になると言う。が、酒席での無礼講は通用しない。飲みすぎて羽目を外すことは許されない。 中国の国酒といわれる”貴州茅台酒”は、アルコール度数が、50~60度もあり、500年近い歴史があり、”乾杯の酒”として有名。

35、中国の人達の朝食が外食である事は有名だが、我が日本でも、昭和の中期ころの喫茶店で、モーニングセットが出されていたのを思いだした。バターを塗ったトースト、エッグスタンドにのせた半熟卵、コーヒーと。ごちらも手間暇いらずの生活の知恵!

 

昭和59年9月15日、昭和59年10月20日付    福島民報夕刊掲載
制作 : 進和クリエイティブセンター              味童子(渡辺 孝行)

王芳のマッチ(燐寸)

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作製した時期は正確には覚えてはいないが、福島市の電話の市内局番が2ケタという事からすると、25~26年前かと推測します。(金源ビル店が1987年にリニューアルした後で、局番が3ケタの変更が1998年。その間に作ったものだと思う)

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当時は、飲食関係や、金融関係などその他多くの職種で自社の名入れのマッチを作り、宣伝広告用として配られたものです。
現在は、広告媒体が多様化したり、生活様式の大きな変化で、周辺では、ほとんどマッチは見当たらなくなった。

マッチの作り方を見てみると、マッチ全盛の時の作り方は、ボール紙にラベルのデザインを直接印刷し、マッチ箱の形状に作り上げている。その以前の昭和30年代頃までは、経木(マツ材を薄く板状にしたもの)を使用して箱を作り、その表面にデザインしたラベルを貼りつけていたらしい。

王芳のマッチは、ラベルの材質として和紙を使用し、デザイン、印刷したもの。その為、直接箱としては利用できず、昭和前半と同じ製作作業になると言う事になる。
そのような事情で、デザインされたマッチのラベルと白無垢のマッチの箱は、別々に納品された。それを、一つ、一つ手作業で張り付けていくのです。

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ラベルのデザインは、表面は中国の山水画、裏面には中国の諺(ことわざ)が書かれている。

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マッチは近年、日用品としての役割を終えてしまったが、ラベルアートの感覚でとらえられ、愛好家、収集家も多くいるときいています。

 

夏に勝つトーフ料理  捕らぬ魚も料理する

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

夏に勝つトーフ料理     捕らぬ魚も料理する
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32、辛味は、発汗作用があり、新陳代謝をUPすると言われる。美容にも効果抜群!
ここで、当店の麻婆豆腐が登場!!  辛味として、生姜、豆板醤、赤唐辛子、粒山椒、仕上げに粉山椒と辛味三昧。暑い夏も、寒い冬も血行の循環が良くなり、エネルギーが湧き上がる。
家常豆腐は、揚げ豆腐に野菜を加え、豆板醤で辛味をつけ煮込んだもの。栄養のバランスも良い。

33、精進料理(素菜)は、素材として、魚肉類などの生臭物は使用しない。その為、野菜を用い、肉や魚などに見立てた ” もどき料理 ” が発達した。身近なもので、” 雁擬(がんもどき)” がある。豆腐を崩し、野菜などを加え、油で揚げる。見た目も味も、雁の肉質に似ていると言われる。

昭和59年7月、昭和59年8月25日           福島民報夕刊掲載
制作 : 進和リエイティブセンター               味童子(渡辺 孝行)

薬味は漢方にあり  料理人は何を食べる?

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

薬味は漢方にあり      料理人は何をたべる?
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30、新鮮なうちは野菜であるが、乾燥して粉にすれば香辛料となる。その香辛料が中国では漢方の薬剤として用いられている。中国料理には、基本調味料のほかに数多くの嗜好調味料や、香辛料が用いられ、独自の味を引き立てていて、料理の重要な役目を担っている。
寒気がすると言う来客者には、生姜(生薬として)をたっぷりとすり下し、麺汁に加えて供する。食べ終える頃には体がポッカポカ! 風邪予防の治療終わりです。

31、以前に聞いた話によると、料理人は、食材の一番上等の部分を食べ、二番手は、お客様の為にと言う例えがある。要は、いかなる食材も上手に使いこなし、お客様の要望に合った特上の美味しい料理を提供出来る技術、腕があると言うこと。 ” 一番でなくともいいんです ”  二番でも!!

昭和59年5月19日、昭和59年6月23日付    福島民報夕刊掲載
制作 : 進和クリエイティブセンター             味童子(渡辺 孝行)

庭には韮、裏庭には黄韮?  ”鳥肌”はお好き?

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

庭には韮、裏庭には黄韮?    ”鳥肌”はお好き?
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28、韮は韭とも書く。韭という字は、地に生えたものの象形文字。一度植えると、放っておいても何時までも  収穫できる怠け草とも呼ばれていると言うが、中国では、「陽起草」とも言われ、古くから滋養強壮の食材として用いられている。
ニラには、葉韮、黄韮、花韮があり、それぞれに、香り、味わいが違い、調理の幅が広がる。

29、ものの書によれば、世界三大美女の一人、中国の楊貴妃は、鶏の手羽先を煮込んだ ” 陽貴鶏翅 ”が大好物だったと言われている。栄養価はが高く、美肌効果が抜群!!

昭和59年3月、昭和59年4月21日           福島民報夕刊掲載
制作 : 進和リエイティブセンター               味童子(渡辺 孝行)

王芳麺

創業当初の献立表に、今は幻の ”王芳麺” という品書きがありました。

昭和46年の開業にあたっては、沢山の準備があり、中でも献立表を作ることは特に重要な仕事。席数7つの小さな店が多くのお客様に知って頂き、2度、3度と来店していただく為の ”献立表” 。    あれはどうか、これはどうだろうと、毎日毎日額を突き合わせての作戦会議。 と思いついたのは、店主の修行先である秋田の「王芳」 の拉麺!  ジャングイ(親方)の店の拉麺は、澄んだスープ(清湯)に野菜が入り、玉子をまぶす。その上にチャシュー、メンマが盛り付けられていて豪華そうな一品だった。(当時の一般的な拉麺は、醤油仕立てのスープに、麺が入り、チャシューメンマ、ナルト。) ジャングイの許しを得、その拉麺に店名をつける。 価格は、近隣のラーメン店と同じ90円に設定し、献立表のトップに載せた。 ”王芳麺”の誕生です。

今でこそ具沢山の麺は珍しくはないが、当時の福島では、とても斬新に見えたと思う。間をおかずして巷で話題になり、口コミで広まった。
勤め人、学生達はもとより、子供達もが100円玉を握りしめ来店し、美味しそうに王芳麺をすする。食べ終えると、釣り銭の10円玉を手に満足気に帰って行く。なかには、「この値段でいいんですか?申し訳ないですネ」 と言われたりもしました。

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この王芳麺は、新町ビル時代の10年間続き、王芳のこれから先の行く道をつくり、勇退しました。
今でも、当時を知る方々と思い出を語り合い、話に花を咲かせています。

 ” 王芳麺 ” 謝謝!!

 

 

 

チャップイときは油を食う

中国料理4000年、王芳45年!
あのころも今も、いつも変わらない 「本当に美味しい!!」を。

王芳知新

チャプイときには油を食う
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27、リノール酸を多く含む植物油は、血液をサラサラにする油。常温では固まりにくく、体内では液体であるという特徴があり、血中の中性脂肪や、脂肪値を調整する働きがあるといわれる。又、エネルギー源としての重要な役割を持っている。

 

                      
昭和59年2月21日付                 福島民報夕刊掲載
制作 : 進和リエイティブセンター           味童子(渡辺 孝行)